音楽

ビューティフル・タイム

通販で「Beautiful Time」なるCD5枚組の曲集を買った。

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曲目はジャズ、イージーリスニング、ボサノヴァ、サンバその他ジャンルにこだわらず、広く含まれている。
「ビューティフル・タイム」というのは、一日の時間経過に合わせて、Morning(朝)、Afternoon(午後)、Evening(夕方)、Night(夜)、Midnight(深夜)、の時間帯別にそれぞれの時刻に良かろうというムードの曲を集めたものだ。
内容は私たちの年代の者の青春時代と、社会で、家庭で中心的に一生懸命働いていた時代の曲が納められている。
昨年の今頃のブログにも書いたが、音楽は人生のいろいろな「ビューティフル・タイム」のシーンを思い起こさせてくれる。

グレンミラーの曲を聞くと、真空管アンプの回路を設計して秋葉原で部品を買い集め、板を裁断してスピーカーボックスを組み立て、当時「ハイファイ・ステレオ」と言われて「原音に忠実な音!?」を出しては感激に近い喜びを感じていたあの「ビューティフル・タイム」を思い出したりする。
新宿の「木馬」というジャズ喫茶では、友人と、薄暗くて煙草の煙がもうもうとする中で、黒人の間に混じって、モダンジャズのリズムに合わせて指を鳴らして聞き入ったりした学生時代や、新宿、渋谷などの実演喫茶で彼女とタンゴやムードミュージックをバックに何かを語り合って過ごした青春時代の「ビューティフル・タイム」を思い出す。
皆どうしてるかな・・・?(その内の一人は今でも私と一緒に過ごしてくれている。五十年近くも飽きずにいてくれていると(思うのだが?)これも「ビューティフル・タイム」だ。)

アメリカでは、サンフランのバーでたまたまフィリピン人のプロピアニストと一緒に居合わせて、日本人のゲストは「スキヤキソング」を歌えとせがまれて、この歌は実は日本では食べ物の「すき焼き」とは関係なく「寂しい時があっても星空を見て元気を出そうという歌だ」と説明して彼の伴奏で「上を向いて歩こう」を歌ったりしたこと等々を思い出したりもする。

数少ないミュージシャンが居るところが北新地にもあった。メキシカンバーでタコス他のおいしい料理も出してくれた。ギターの演奏と素晴らしい歌声を聞かせてくれていたミュージシャンは少し名が売れてきたら東京へ行ってしまった。当時大阪で売れると東京へ「登って」行くという、客(ファン)にとっては残念な思いを味わうことの多い「ビューティフル・タイム」もあった。
大阪でも中之島ビルにあってバニーガールの本家だった「プレイボーイクラブ」は、メンバーであった私はよくプライベートでも社用でも利用していたが、ここには東京から有名ミュージシャンが演奏に来てくれていた。クラリネットの北村栄治(北村英治とクインテットなどとも名乗る)やテナーサクスの松本英彦などは何回となく来阪してくれていた。
これらの公私にわたるいろいろな機会に音楽を楽しめた時期も現役時代の「ビューティフル・タイム」だった。
日本で「プレイボーイクラブ」が閉じた後、同じメンバーだった人が経営する南(心斎橋近く)の「オ・セイリュウ」に特別メンバーで入れてやるからと誘われて入ったが、ここはブラジルのミュージシャンとダンサーを招いて常時サンバを楽しませてくれる。今も知り合いや家族との会合に使い時々楽しむことができるのも現在の「ビューティフル・タイム」の一つだ。

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BMGビクターの世界のクラシックCD八十巻もだいぶ前に購入して、時々楽しんでいるがまだ五十二巻までしか聞いていない。これはまだ続くクラシックの「ビューティフル・タイム」である。

月並みな言い方だがやはり音楽は素晴らしい。心の栄養、人生の伴侶だ。

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さらばフランク永井

「♪あなたを待てば雨が降る、濡れて来ぬかと気にかかる♪・・・・・♪あなたと私の合言葉~有楽町で逢いましょう♪」

http://www.youtube.com/watch?v=ID8HbIemg9k&feature=related

歌手のフランク永井さんが亡くなった。
訃報を耳にしたのは、昨夜家内と夕食を始めた時間だった。
思わず二人は顔を見合わせた。何か切なくも懐かしい想いが胸をよぎった。

「そうか、あれからもう五十年か・・・。」あのレコードが出たのは昭和32年(1957年)だったそうで、私たちのデートが始まったのは2年以上後のことであるが、そのころあの歌は、あるデパートの有楽町進出時のイメージソングだったとは思えないくらいに大流行の定番になっていた。

私たちの待ち合わせは、当時流行りのデパート前ではなく、有楽町駅そのものだった。

山手線で池袋方面からくる彼女と、中央線の高円寺から来る私はよく新宿で逢ったものだが、新宿から離れたところでデートするときは有楽町で逢っていた。
まだ学生だった。

その後いろいろあって、早いものでもう結婚してからでも四十数年たってしまった。

私は格別の歌謡曲ファンではないが、フランク永井の歌は「有楽町・・・」以外の曲も馴染み易いものが多く今でも好きである。

素敵な歌声をどうもありがとう。ご冥福を祈ります。



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想い出のタンゴ

教室の生徒さんの一人がホームページで、ある駅の地下道の写真を載せておられて、その地下道で以前バンドネオンを奏でていたおじさんが、最近見えないと不思議がり、寂しがっている様子を述べておられた。

Photo_2 この写真はそのページからお借りしました。

「バンドネオン弾き」の文字が私にとても刺激的に映った。

学生時代からタンゴが好きで、東京の新宿のタンゴ喫茶によく通ったことを思い出した。そこは今の家内とのデイトの場所の一つであったことまで想い出してしまった。

早速、ホームページ作者である生徒さんにメールを出したら、その地下道がどこかなどもお話いただき、我が家の比較的近くの駅だということがわかった。
その方は「バンドネオンのおじさん」のそばを通る時はゆっくりと聴きながら通っておられたとのこと。
私もぜひ聴いてみたかったのにまことに残念である。

という訳で、タンゴのCDを聞きながら、請け負っているホームページのリニューアル作業をしている。

このバンドネオンの、そしてタンゴの歯切れのよさ、情熱と憂いの調和のメロディには心を揺さぶられる。 昔そうであったように今も・・・。

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音楽は不思議だ、聴いていると、どんな昔のことでも当時のことが如実に想い出されてくる。

良い想い出は仕事をはかどらせる。

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